仮名草子「安倍晴明物語」⑧伝浅井了意作

庚申の夜、殿上人を笑わせる
九月庚申の夜、殿上人が宮中に伺候し申し上げたが、夜が長いので、明かすことに耐えかねられて、天皇をはじめ若い殿上人の多くが眠たくなられた。何か眠気覚ましにすることがないかと言って、晴明をお召しになり「何とかして眠気を覚まさせよ」との天皇の仰せがあった。
晴明はかしこまって、しばらく念じたところ、 御前にあった灯火の台をはじめ、ありとあらゆる物が、一か所に集まってはね踊った。この様子がすさまじかったので「恐ろしくないことをしなさい」と仰せがあった。晴明は「それなら、 人々を笑わせ申し上げましょう」と奏上した。「猿楽などには、笑いもするだろうが、どんなおかしいことがあるというのか」という仰せがあったのに対し、晴明は、目をまばたきしながら、「猿楽でもございません。おかしな語を申すのでもございません。ただ、笑わせて差し上げましょう」と言って、火の明るいところへ、算木を持ち出して、ばらばらと置き並べた。殿上人たちは「これがおかしいことなのか。さあ、笑おう」と、悪く言いなさったが、晴明は返事もせず、算を立てて、その中から算木一本を手に持って「みなさん、思う存分笑ってください」と言って、それを置き添えると、その中にいる人はみな、なんとなくおかしくなって、笑い出した。天皇も笑いのつぼに入ってしまわれて、内に逃げ入ってしまわれた。残る人々は、大笑いをし、大声をたてた。どうということもないのに、ひたすらおかしく笑って、笑いをとめようとするがとめられない。腹の筋が切れるような気持ちがして、両方の手で腹をかかえて涙をこぼし、ものも言えない。晴明に向かって手をすり合わせながら笑ったので、晴明は「だから、申したのです。笑いあきられましたか」と言うと、どうにかうなずいて、笑い転げながら許しを願って手をすり合わせたので、晴明は算木を押し崩すと、こともなくおかしさもさめてしまった。