仮名草子「安倍晴明物語」⑦伝浅井了意作

人形を祈って、命を移し替える

さて、五条の辺りに住んでいたある人が、若い女と夫婦の契りを結び、元の妻を捨てようとした。元の妻は、果てしなくねたみ、腹を立て、「私はどうにかして生きながら鬼になり、憎い男と今の妻を、思い通りにとりついて殺そう」と思い立って、毎夜、京から貴船の明神へ、その道三里の山坂を越えて、丑の刻参りをした。明神も、邪悪な男の振る舞いを憎みなさったのだろう、二十一日目に当たる夜、この女に、明神が霊験を現しなさった。「この日ごろ、祈る心に感心したので、お教えしましょう。本当に鬼になりたいのなら、髪を乱してゆらゆらと下げ、前髪を二つに分けて、一組の角を作り、顔には朱を差し、身には丹を塗り、頭に金輪をかぶり、金輪の三つ足には松明を点し、怒りの心を持って、貴船川に腰だけ浸って立ったならば、そのまま鬼になるでしょう」と言った。あらたかな霊験があったので、女は大いに喜び、教えのように身支度し、夜更けに人が寝静まった後、貴船の方へ走り出たところ、頭から三つの火が燃え上がり、 眉は太く鉄漿黒(かねぐろ)で、身も顔も赤いので、さながら鬼のようであった。これを見る人は、肝をつぶして、倒れて死んでしまった。さて、貴船川に行って、七日浸ったところ、生きながら鬼となった。

その男は、ある日、晴明のところに尋ねてきた。「私は、このごろ、続いて夢見が悪いのでございます。どういうわけがあるのでしょうか。 占ってください」と言った。晴明は、これを聞いて、手を打って、「占って差し上げるには及ばない。これは、女のうらみによって、今夜のうちに、命をとられになるでしょう」と言った。 男は、大いに驚いて、「それなら、 もう何を隠しましょう。私は、このほど、若い女と夫婦の契りを結び、元の妻を捨ててしまいました。果てしなくうらんで、仏神に祈ったということを聞きましたが、もしかしたらそのようなことではないのでしょうか」と言った。晴明は答えて、「まさしく、この女は鬼となって、御身の命が今夜で終わりとなっているのです。もう、祈っても、効き目はないでしょう」と言った。

男は、顔色を失い、震えわなないて、涙を流して、「なにとぞ、お祈りしてお助けください」と、手を合わせて頼んだので、「このうえは、何とかして、命を転じ替えて差し上げましょう」と言って、すぐに、祭壇を飾った。 茅の葉で人形を、その人の背丈と同じように作り、夫婦の名字を内に書き込んだ。三重の高い棚に、十二本の燈台を立てて火を灯し、五色の幣を切り、大小の神祇、冥道、五大明王、九曜、七星、二十八宿を、呼び起こし申して、誠意を尽くして祈ったところ、にわかに雨が降り、稲光がして、風がすさまじく吹いて、壇上がしきりに鳴動した。鬼女の姿が、棚の上に現れ、人形の男が伏している枕元に立ち寄り、「ああ恨めしい」と言う声が聞こえて、むちを振り上げて打とうとしたが、明王の縛にかけられ、苦しみはじめた。もう来ないと言ってかき消すようにいなくなったので、男は命が助かった。