荘子「雑篇」

吉祥の相

南郭子綦(なんかくしき)には八人の息子がいた。あるとき子綦は子供たちを勢揃いさせ、観相術の大家、九方歅(きゅうほういん)を呼んできた。
「子供たちの中で、どれがいちばん幸せになれるか、 ひとつ占っていただきたい」
「栶(こん)さんがいちばん幸せにおなりです」

子綦はいかにも嬉しそうにたずねた。

「ほう、 で、 この子にどんな吉祥の相があらわれているのかね」
「このお子さんはやがて国王と同しご馳走を召しあがる身分となり、 一生を安楽に過ごせましよう」

子綦はみるみる顔色を変え、 涙をはらはらと流した。
「わが子がそんな不幸のどん底に陥るとは...」
「なにをおっしゃる。国王と同じ食事をとるような境遇になれば、 その恩恵は親類縁者の末にまで及びましよう。 ましてや両親の幸せはいうまでもないことです。 それを聞いて涙を流すのはみずから幸運を辞退するようなものではありませんか。 ああ、 子供には吉祥の相があるのに、 父親のあなたには不吉の相があらわれています」

苦々しそうに言う九方歅(きゅうほういん)に、 子綦(しき)はこう答えた。
「歅(いん)よ、 あなたにいったい何がわかって梱が幸せになるというのかね? あんたに観えるのはせいぜいうまい食事にありつけるとい、皮相だけで、なぜそうなるのか、 その由来はわかるまい。いままで家畜を飼ったこともなく、狩りに出たこともないわが家の中に、 突然、牝羊が生まれたり、 ウズラがころがっていたりするようなとっぴな話を、 おかしいとは思わないのか?わたしは息子たち共に天地自然の間に遊んで、 あるがままの生活に安んじてきた。 私たちはいずれも俗事にかかわらす知謀を用いず、 世間を驚かせるような振る舞いをしたことはない。 天地自然の理法に従い、 外物のために心をかき乱されることなく生きてきた。 自己を固執せず、 成り行きにまかせて、 あれこれ好みを立てるようなことはいっさいしなかったのだ。 その私たちに世俗的な報償が与えられようとは...
奇怪な兆しが現れる者には、かならず奇怪な振る舞いがあるものだ。いま、そのような振る舞いをした覚えもない私たち親子に奇怪な兆があらわれたのは、おそらく自分のせいではなく、 天の与えたもうた運命なのだろう、これが悲しまずにいられようか」

それからまもなくのこと、 子綦は梱を燕の国に行かせたが、 途中で山賊に捕えられてしまった。梱を五体満足のままでおいては逃亡される恐れがある、 いっそ足を切ってしまったほうがいいと考えた山賊は、梱の足を切り落として斉の国に売りとばした。 その後、斉君の渠公(きょこう)に買われて門番となった梱は、 予言のとおり王侯と同し肉を食って、その生涯を終えた。(徐無鬼)